親の様子が、最近どこか違う気がする。同じ話を何度もする、約束を忘れる、判断が前と違う気がする。
「一度、検査だけでも受けてほしい」——そう声をかけても、本人は「大丈夫だ」「行く必要はない」と取り合ってくれない。
困っているのは、自分の家族だけなのだろうか。心配しすぎているだけなのだろうか。そんな気持ちが、心の奥で回ります。
医者の前では、しゃきっとしている
これも、よく聞く話です。
家での様子は明らかに違うのに、診察室に入ると、本人はしゃきっとしている。受け答えも、ちゃんとしている。短い診察時間の中で、医者には「特に問題なさそう」と映る。
そうすると、家族は宙に浮きます。「自分の心配しすぎだったのか」「私の見ているものは、本当だろうか」——日々の違和感を、医者にもわかってもらえない感じになります。
でも、その違和感は、間違っていないことが多いです。長く一緒にいる家族だからこそ気づける変化があって、それは医者の短い診察では見えにくいものです。
家族の気づきが、医者にも届く形をつくる——これが、最初の一歩になります。
福祉の仕事をしてきた中で、こんな相談を受けたことがあります
「親が検査に行きたがらない」——家族からの相談を受けたことがあります。
その方は、お母さんの様子に変化を感じていました。物忘れが増えて、行動もどこか以前と違う。でも、お母さん自身は「大丈夫」と言って、病院に行こうとしない。
息子さんは、思い切ってお母さんのかかりつけ医に、家での様子を直接伝えに行きました。
医者は驚いていたそうです。診察室では、お母さんはいつも穏やかで、受け答えもしっかりしていた。家族から聞く話とのギャップに、医者自身も「そうだったんですか」と。
ただ、そこで医者は一つ、思い当たることがあったそうです。お母さんが、来院日を勝手に変えていたこと。決まった予約日を、本人の判断で動かしてしまう。それまでは「気まぐれかな」くらいに見えていたけれど、家での様子を聞いて、「あれもサインだったのか」と医者にも腑に落ちたそうです。
「それなら、一度、検査をしてみたほうがいいですね」——医者からそう言われたことが、ひとつの転機になりました。
それでも、お母さんは行きたがらなかった
検査ができる病院は、息子さんが探しました。認知症の検査ができる病院は、地域によって違います。地域包括支援センターに問い合わせると、紹介してくれます。
検査の日が決まっても、お母さんを連れて行くのは簡単ではありませんでした。
「健康診断に行こう」——これは、お母さんに拒否されました。 「自分(息子)が心配だから、一度だけ行ってほしい」——これも、最初は通りませんでした。 当日になっても、一度は強く拒否されたそうです。
そこで、息子さんはお母さんの妹にも相談しました。
妹さんは、「それなら私も一緒に検査に行くよ。一緒なら少しは安心するでしょ」と言ってくれたそうです。
当日、お母さんには、こんなふうに伝えたそうです。
「年齢的にお互い心配されてるから、一回行ってみようよ。一緒に行くから」
「あなたのために」ではなく、「私たちも一緒に」——その並び方になって、お母さんはようやく一緒に来てくれました。
診断がついて、家族はほっとした
検査の結果、認知症であることがわかりました。
息子さんが、あとから言っていました。「来院日を勝手に変えていたのは、あれもそういうことだったのか」と。何度も同じものをネット注文していたこと、家にものをたくさんためこんでいたこと——気になっていた小さな違和感が、すべて意味を持ってつながった瞬間でした。
家族の方は、ほっとしたそうです。「これは認知症の症状だったんだ、納得」と。
それまでは、お母さんから理不尽な言葉をぶつけられたとき、「私の受け取り方が悪いのかな」と自分を疑うこともあったそうです。診断がついてからは、「これは症状だ」とちゃんと受け止められるようになって、必要な支援につながる相談先も見つかった。家族の感覚を、自分のものとして取り戻せた——そんなふうに見えました。
後から思ったこと
後から、息子さんと話していてふと思ったことがあります。
妹さんが「私も検査に行くよ」と言ったあの言葉は、おばさんから見ると、「心配されているのは私だけじゃないんだ」という感覚を生んだのかもしれません。心配される側が一人ではなくなる。
認知症の検査を受けるとき、本人にとっていちばん怖いのは、検査結果そのものより、「自分が疑われている」と感じることなのかもしれません。「家族が私を疑っている」のではなく、「みんなが受けるものらしい」——この感覚の違いが、本人の構えを、ずいぶん変えます。
妹さんのように並んでくれる家族がいるとは限りません。代わりに、配偶者が一緒に検査を受ける、健康診断や免許更新のついでに受ける、地域や制度の流れに乗せる——「あなただけが対象ではない」という形は、外側から作ることもできます。
嘘をついて連れて行くのではなく、本当のことの中から、本人が「特別な一人」にならなくて済む形を、選んでいく。
家族だけでも、地域包括支援センターに相談に行けます
本人がどうしても病院に行きたがらない——そういう状態のまま、家族だけで地域包括支援センターに相談することもできます。
「親が検査を受けてくれなくて困っている」という相談を、家族から受けることは、地域包括ではよくあります。本人を連れていく必要はありません。
地域包括では、地域の認知症外来や、認知症初期集中支援チーム(家庭を訪問してくれるチームがある地域もあります)など、その地域で使える選択肢を教えてくれます。
それでも、迷ってしまうとき
「無理に動いて、親との関係を壊したくない」「嫌われるのが怖い」——そう思って動けないこともあります。
完璧な動き方を、最初から選ばなくていいです。
何度か声をかけてみて、ダメだったら一度引く。別のタイミング、別の言い方を試してみる。家族の別の誰かに動いてもらう。かかりつけ医に伝えてみる。地域包括に、家族だけで相談してみる。
選べる道は、ひとつではありません。気づいた家族がいる、というだけで、最初の一歩はもう始まっています。
急ぐ必要はありません。一度で進まなくても、何度かやりとりしながら、少しずつ進めていけます。あなたのペースで大丈夫です。