2026年3月、厚生労働省が「医療ソーシャルワーカー業務指針」を改正しました。23年ぶりの改正です。
医療ソーシャルワーカー(MSW)というのは、病院に所属している福祉の専門職です。病気やけがで入院・通院する患者さんやご家族の、医療以外の困りごと——退院後の生活、医療費、家族のこと——を相談に乗ってくれる人たちです。
この業務指針の改正は、ただの行政文書の書き換えではありません。日本社会がいま向き合っている、福祉の課題そのものが、ここに表れています。
医療と生活の間で起きている変化、そして、これからの福祉のあり方に関わる動きだと感じたので、書き留めておきます。
そもそも、医療ソーシャルワーカーって?
「医療ソーシャルワーカー」と聞いて、すぐにイメージが湧く方は、まだ多くないかもしれません。
病院に行ったときに、医師や看護師、薬剤師には会ったことがあっても、医療ソーシャルワーカーには会ったことがない、という方も多いと思います。
医療ソーシャルワーカー(MSW、Medical Social Worker)は、病院に所属している社会福祉の専門職です。社会福祉士や精神保健福祉士の資格を持っている方が多いです。
主な仕事は、
- 入院・退院に関する相談
- 退院後の生活の組み立て(在宅、施設、転院など)
- 医療費の支払いに関する相談
- 各種制度の紹介(介護保険、障害者手帳、生活保護など)
- 家族との連絡・調整
- 地域の医療・福祉機関との連携
——など、患者さんやご家族の、医療以外の困りごと全般です。「医療と生活の間に立って、橋渡しをしてくれる存在」と言えます。
全国に約3万人のMSWがいて、主に総合病院や地域医療支援病院、回復期リハビリテーション病院などで働いています。
医療ソーシャルワーカーの基本的な役割について、もう少し詳しく知りたい方は、「相談先を探す」ページの医療ソーシャルワーカーのセクションをご覧ください。
何が変わったのか——「意思決定支援」が業務のトップに
今回の業務指針改正のなかで、もっとも大きな変化は、「意思決定支援」がMSWの業務のトップに位置付けられたことです。
23年前の旧指針では、MSWの業務として最初に書かれていたのは「療養中の心理的・社会的問題の解決、調整援助」でした。
新指針では、最初に書かれているのが、こうなりました——
患者本人の意思形成、意思表明、意思決定を支える
これは、ただの順番の変更ではありません。**「患者本人の価値観や希望を尊重しながら支援を行うこと」**が、MSWの仕事の核として、国に公式に位置付けられた、ということです。
「自分の体や命に関わる選択を、自分でする」——これは、考えてみれば当たり前のことです。でも、実際の医療現場では、患者さんが意識を失っていたり、認知症で判断が難しかったり、家族と関係が切れていたりして、「本人の意思」がどこにあるかがわからなくなる場面が、たくさんあります。
そういう場面で、患者さんに寄り添って、本人の意思を一緒に探していく——これがMSWの中心的な仕事だと、新指針は言っています。
ただ、これは簡単な仕事ではありません。本人の意思を言葉にすることそのものが、難しいからです。
認知症や精神障害、知的障害、終末期の方々——本人の中にちゃんと意思があっても、それを言葉にする回路がうまく動かないことがあります。聞き手のちょっとした言い方で、答えが変わることもあります。本人の調子や時間帯によって、揺れることもあります。
だから、本人の意思を支えるのは、長い時間をかけて、いろんな人が関わりながら、少しずつ進める仕事です。MSWひとりでできることではありません。
医師、看護師、薬剤師、リハビリ職、管理栄養士、心理職——医療の現場には、たくさんの専門職(コメディカル)がいます。それぞれが自分の専門の場面で、本人と関わるなかで、本人の意思のかけらが見えてきます。
新指針は、それを集めて、組み立てていく中心にMSWを位置付けています。多職種連携のハブとして、本人の意思を中心にチームを動かす——これが、新しいMSWの役割です。
改正の背景にある、社会の変化
なぜ、いまこの改正なのか。
23年前と現在で、日本の社会は大きく変わっています。新指針が答えようとしている社会の課題が、いくつかあります。
ひとつ目:身寄りのない人の増加
単身世帯が増えています。離婚、未婚、家族と疎遠、配偶者や子に先立たれた——いろんな経緯で、頼れる家族がいない方が増えました。「身寄りがない」という言葉は、もはや珍しいケースではなく、医療現場の日常になっています。
法律上、手術や治療には本人または家族の同意が必要です。本人が意識を失っていて、家族もいない——という状況で、医療をどう進めるかは、現場の大きな課題になってきました。
ふたつ目:認知症の方の増加
認知症の方は、年々増えています。本人に判断能力があるけれど低下している、判断が日によって変わる、その人らしい意思をどう汲み取るか——こういう繊細な判断が、医療現場でも日常的に必要になっています。
みっつ目:在宅医療の広がり
「人生の最終段階を、住み慣れた家で迎えたい」——そう望む方が増えています。在宅医療を支える地域包括ケアシステムも、各地で整備が進んできました。病院から在宅へ、入院から地域へ——という流れのなかで、MSWが「医療と生活の間」をつなぐ役割は、より重要になっています。
よっつ目:ACP(人生会議)の浸透
「自分が病気や怪我で意思を伝えられなくなったとき、どんな医療やケアを望むか」を、平時から家族や医療者と話し合っておく——これが、ACP(アドバンス・ケア・プランニング、人生会議)です。
近年、医療・福祉の世界で、ACPの大切さが盛んに言われるようになりました。新指針には、これを支えるのもMSWの役割だと、明確に書かれています。
新しいMSWの役割——明文化された5つの方向
新指針では、MSWの役割が、こう整理されました。
- 意思決定支援:本人の価値観や希望を尊重して、本人が自分の意思で選択できるように支える。
- 「身寄りがない人」への支援:頼れる家族がいない方の、入院、医療、退院、その後の生活を支える。
- 人生最終段階の医療・ケアにおける支援:本人の希望を踏まえた、終末期の意思決定を支える。
- 地域共生社会への対応:病院だけでなく、地域の医療・福祉機関と連携して、患者さんが地域で暮らせるように支える。
- 組織内活動:病院内でMSWの業務が機能するための体制づくりも、業務範囲。
これらは、これまで「業務指針には書かれていないけれど、現場ではやっていた」ことが、正式に業務として位置付けられた、と言えます。
これは、福祉現場で起きていたことの「追認」でもある
私自身、福祉の仕事に長く関わってきたなかで、MSWさんとは何度も一緒に動きました。
施設長として、利用者さんの入退院のたびに連携した。後見人として、入院の説明や退院時の生活面の説明を受けた。緊急入院の場面で、遠方の家族との橋渡しをしてくれた。
そのときどきで、MSWさんがやってくれていたことを思い返すと——
- 認知症の方の、本人の意思の汲み取り
- 身寄りのない方への、退院先の調整
- 家族と本人の意見が違うときの、間に立った調整
- 地域の福祉機関との連絡
- 在宅医療への移行支援
——どれも、今回の新指針に書かれている内容そのものです。
つまり、新指針は**「現場のMSWが、すでに苦労しながらやっていたこと」**に、国がようやく正式な業務として位置付けた、ということでもあります。
「制度が、現場に追いついた」——そんな感じ方を、私はしています。
ただ、追いついたとはいえ、これはとても大きな一歩です。業務として明文化されたことで、これからのMSWは、研修も、人員配置も、診療報酬上の評価も、変わっていく可能性があります。現場で頑張ってきたMSWさんたちが、報われてほしいと思います。
時代の変わり目
このサイト「ふくしの道案内」では、福祉の窓口やサービスについて、生活の言葉で書いてきました。
これまでの記事のなかで、繰り返し見えてきたテーマがあります。
- 平時のつながりが、災害時の命綱になる
- 制度の手前で困っている人を、地域がどう支えるか
- 離れて暮らす家族にとっての福祉
- 本人と家族の意見が違うとき、どう動くか
- 動く・動かないは相談者本人——情報を渡して、判断は本人にゆだねる
これらは、新指針が向き合っている課題と、ほとんど同じです。
身寄りがない人、意思決定が難しい人、家族との関係が複雑な人——こうした、これまで法律のすき間にいた人たちを、どう支えるか。
医療の側でMSWが、地域の側で地域包括や社協が、それぞれの場所で、同じ課題に向き合っている。そして、生活する側の家族も、福祉のつながりを平時から作っておくことで、いざというときに支援が届きやすくなる。
そして新指針は、厚労省がずっと推進してきた**「多職種連携」「地域包括ケアシステム」**の流れの中にあります。一人の専門職がすべてを抱え込むのではなく、医療・介護・福祉の専門職が、地域の中で連携して、患者さんを支える。
その流れのなかで、病院の中のハブはMSW、地域のなかのハブはケアマネージャーや相談支援専門員——という構造が、明確になってきました。本人を中心に置いて、専門職同士をつなげる人。これが、福祉と医療の現代における役割分担です。
別々の道から、みんなが同じ方向を向いている——そんな時代の変わり目に、いま日本社会はいるのかもしれません。
もしあなたが、病院でMSWに出会ったら
「業務指針の改正」と聞いても、自分の生活には直接関係ないように感じるかもしれません。
でも、もし将来、あなたやご家族が病気や事故で入院することになったとき、病院でMSWさんに会う場面があったら——MSWさんは、今回の改正で「患者本人の意思決定を支える」ことが、業務の中心になっています。
医師には医療のことを聞いて、看護師にはケアのことを聞いて、そしてMSWには、
- これからの生活をどうするか
- 自分はどんな治療を望むか、望まないか
- 家族との関係のなかで、どう動けばいいか
- 経済的なこと、住まいのこと、退院後のこと
——こういう、**「医療を超えた、自分の人生の選択」**を相談できます。MSWは、答えをくれる人ではなく、あなたが自分の答えにたどり着けるよう、一緒に考えてくれる人です。
そして、もしご家族が「身寄りがない」状態になっていて、入院などで困っているなら、MSWに相談すれば、それを前提に支援の道を一緒に考えてくれます。
「病院に行ったら、医療ソーシャルワーカーがいる」——このことを、ちょっと頭の片隅に置いておくと、いざというとき、頼れる存在が一人増えます。
関連する記事
医療ソーシャルワーカーについて、もっと詳しく知りたい方は、相談先のページもご覧ください。
- 医療ソーシャルワーカー(相談先を探すへ)
- 地域包括支援センター
- 社会福祉協議会(社協)
- 家族に介護や障害のある方がいる、災害が起きたら
この改正のニュースを見て、すぐに「これは書きたい」と感じました。福祉現場にいた頃に、MSWさんと一緒に動いた場面、本人や家族の意思を一緒に汲み取った場面、身寄りのない方の退院をどうするか悩んだ場面——いろんな記憶が浮かんできました。
国の業務指針が変わるというのは、ものすごく大きな出来事です。でもその背景には、現場で日々起きている、ひとりひとりの患者さんと、ひとりひとりのご家族の物語が、たくさんあります。
新指針が、現場の頑張りに少しでも報いる形で機能してくれることを、願っています。

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